自虐ネタを笑い話にする関西人、隠そうとする関東人

自分の失敗談や恥ずかしいことを周りの人たちに話しますか?関西人は必ずと言っていいほど、話します。ただ話すだけではありません。笑いのネタにする人種ですね。言わなければわからないのに、自分からわざわざ話すのはどうしてなのでしょうか。

理由は関西人の気質にあります。サービス精神旺盛で、お笑いの街で育った関西人にとって、自虐ネタはもっとも笑いがとれる美味しいネタです。成功した話や美談は、いくら面白おかしく話したところで、単なる自慢話にしかなりませんが、自虐ネタはとにかく笑いがとれます。さらに関西人は自分が悩んでいることをウジウジ一人で考え込んだりしません。とにかく話してしまって笑いに変えることで、悩みこそ吹き飛んでしまうのでしょうね。

家庭が裕福でない人は貧乏ネタで攻めます。本当に貧乏なんだけれど、そんなことで悩んでいてもしょうがないし、ネタにしてしまえって感じですかね。貧乏だから恥ずかしいというより、貧乏をネタにして笑いが取れたらそれでOKという考えでしょう。失敗談もやたら話します。自分のことだけではなく、家族のこともとにかく話します。聞かれなくても家族ネタは当たり前のように話すので、小さいころは会ったこともない友達の家族構成や性格まで知っていたものです。

特に母親は誰もがネタにする恰好のターゲットです。実際、私の経験からしても「面白くてどんくさいオカン」は、たくさんいましたが、「優雅で品のあるお母さん」なんて会ったことも見たこともありませんね。大阪のおばちゃんはとにかくパワフルで、自虐ネタを言わせたら右にでるものはいません。旦那さんのことも子供のこともとにかく落とします。本心は自慢なのかもしれませんが、褒めません。

例えば、関西で転んだりぶつかったりした時の反応ですが、みんな笑います。転んだりぶつかったりした本人も、周りが笑ってくれると安心します。もちろん笑うだけではなく「お姉ちゃんどんくさいな~」「そんなとこでこけるなんてアホちゃうん」と、失礼(?)な言葉を浴びせます。ここまでやってくれると、失敗した本人も嬉しいんですね。関西人にとって、完全に無視されて素通りされることほど苦痛なことはありません。

関東ではどうでしょうか。見て見ぬふりがいちばんの親切心ですよね。知らない人が転んでいきなり大爆笑なんて失礼極まりないことですよね。声をかけるにしても「大丈夫ですか?」が当たり前ではないでしょうか。もしくは「こんなところに段差があって危ないわね」と、転んだ人をフォローするのが一般的でしょうね。間違っても「こんなところで転ぶなんてありえない」と、本人を否定するようなことは言いません。「転んだ人がどんくさい」のではなく、あくまでも「段差があるのが悪い」という言い方をします。

関東では、自分の失敗談や挫折などわざわざ他人に話したりはしません。良いところだけを話します。話すといっても自分からベラベラと身内の話しはしないですね。聞かれたら答える、というイメージがあります。他人に対しても良いことだけ、自分や身内の話しも良いことだけ。もちろんネタになんかしません。深く付き合っていくうちにとんでもない悩みを抱えていたなんてことに気づくことがよくあります。

赤の他人にまで自虐ネタを披露する関西人、とことん親身にならないと心の内を明かさない関東人。本音で生きる関西人と建前で生きる関東人の違いですね。どちらも本質を知っていれば意外とラクに付き合えます。