Monthly archives: 1月 2014

面倒見がよく人情に厚い関西人、他人に気をつかいすぎる関東人

関西は、人情に厚く面倒見のいい人が多いけど、おせっかいな人も多いですね。関東は、優しくて親切なんだけど、何を考えているかわからない、他人に気を使いすぎて、結果無関心すぎる人が多いような気がします。

大阪は、都道府県の中でいちばん「他県を受け入れる」ところとして有名です。どんな習慣をもった人でもみんなウェルカムなんですね。どんな人とでも仲良くなれるのは自慢できるところでしょう。どこ出身とかあまり気にしません。外国人だろうが誰だろうが、すぐに仲良くなりますね。そして面倒見の良さはピカイチでしょう。助けを求められていなくても勝手に助けるし、相談されていなくても勝手にアドバイスします。もちろん悪気はありません。良かれと思ってやっていることですが、たまに「おせっかいな人」と、捉えられてしまいます。

関東では、面倒見がいい人は少ないですよね。こちらが助けを求めれば、助けてくれるかもしれませんが、勝手に助ける人はあまりいません。ましてや知らない人はあくまでも「知らない人なので自分には関係ない」という考えの人が多いですよね。確かにこれも一理あります。知らない人を助けたつもりでも、相手にしてみれば迷惑かもしれませんよね。だったら最初っから関わり合いになるのはやめよう、と思ってしまうのも納得できます。

関西では、知らない人同士でも普通に会話します。例えば、電車の中で咳をしようものなら、近くにいたおばちゃんが「お姉ちゃん、風邪ひいたんか?飴ちゃんあげるでなめとき」と言って飴をくれます(注:大阪では「飴」のことを「飴ちゃん」と言います)。

関東でこんなことがあると「気持ち悪い人」と見られませんか?おばちゃんを無視して逃げる人が多いのではないでしょうか。実際、関東では、知らない人と話をしないのが当たり前ですよね。関東に来て間もないころ、スーパーで「無言のまま買い物する」ということに戸惑いましたよ。関西ではかならずレジの人に対して「ありがとう」とお礼を言うし、ちょっとしたことでも話しかけてくれるし、話しかけます。店員さんだけではなく、お客さん同士も話します。もちろん知り合いでもなんでもないし、その場限りの会話なんですけどね。

大学卒業まで関西にいて、就職で関東にでてきた私は、ちょうど同じくらいの年数をそれぞれで過ごしています。どちらの性質が強いかというと、どっちもどっちで「関西と関東のハイブリッド」と言ったところでしょうか。自分ではクールにしているつもりでも「面倒見がいい」とよく言われます。大阪のおばちゃん気質があるんだな、と自分でおもいますね。でも、関西の友達と会うと「うるさいな~」と思うことがしばしばあります。わかってはいるつもりでも、やはり関東のしきたりが身についているんだと思いますね。

面白いのは、それぞれの実家の家族と食事をしたときです。旦那は関東の人なんですが、私の実家、関西ファミリーとの食事はとにかくうるさいです。みんなそれぞれにボケてツッコミを入れて、常に誰かがしゃっべっていて・・・。旦那は関西弁に酔ったくらいで、食事どころではなかったそうです。逆に旦那の実家、関東ファミリーとの食事でのこと。あまりの沈黙に、焦ってしまい一人でしゃべり倒したことがあります。あとで旦那に聞いたら「食事の時にしゃべらないのは普通だよ」だそうです。それを聞いてからは、沈黙でも気にせず黙々と食事に専念できるようになりましたが、まだ慣れません。

沈黙が嫌いな関西人、静かな空間を求める関東人

関西人はおしゃべりなイメージがありますよね。声も大きいし、自分アピールもすごいです。黙っているときなんてあるの?と思うくらいいつもしゃべっている気がしませんか。そして笑っちゃうくらい身振り手振りが大きく、ジェスチャーもおおげさですよね。

そんな関西人、沈黙が苦手です。「沈黙=気まずい空間」と、捉える人が多く、ちょっとでも沈黙があると誰かがしゃべりだします。シーンとなるあの空気が関西人は大嫌いです。サービス精神旺盛な関西人にとっては、めいっぱいサービスしてくれているのかもしれませんけどね。知らない人からしたらうるさくていい迷惑になっていることに気づいていないのが関西人です。

これは、関西の商売人の性質が影響していると思われます。江戸時代の関西は商売をすることが繁栄を意味するものでした。商売をするためには、お客さんに話しかけないといけなかったんですね。無口な商人なんてあり得なかったわけですよ。お客さんが店にいるのに、沈黙って気まずいですよね。そのため商人はとにかくお客さんに話しかけます。「安いですよ」「これは物が良いですよ」など。そして、外では「いらっしゃい、いらっしゃい!」と呼びこみをするので、声も大きくなります。声が小さいとお客さんを獲得できないので、みんな声を張り上げてアピールしていたんですね。その名残が関西人に引き継がれている、というわけです。

客商売なので、相手の心をつかむのも得意です。お客さんの目線や表情から、何を考えているのか、何を勧めたらいいのか、一瞬にして判断します。これが今の「お笑いの街大阪」のもととなっているのでしょう。相手を笑わせるのが得意な関西人は、相手の様子を常に伺っています。この鋭い感性は元をたどれば、商売人だったということですね。

逆に関東の人は沈黙があったからといって気まずいとは思いません。むしろお互い話すことがないときは静かにするというのがマナーだと捉えています。「話すこともないのに、無理に話しする必要はない」と、考える人が多いようですね。電車の中でよっぽどのことがない限りしゃべりません。これは、「人様に迷惑をかけない」という、下町の性格からきているのかもしれませんね。

無口な性質は、関東の武家の人たちがルーツだといわれています。身分が高い武家屋敷は、関東の高台に位置しており、下町に住んでいる貧しい人たちを見下ろしていたといわれています。下町の町民たちは、喧嘩っ早くべらんめぇ口調でまくしたてるのに比べ、高貴な身分の人は静かに過ごすことが品だと思っていたようです。おっとりとした口調で余計なことはしゃべらない、静かな空間に蓄音機で音楽を流すのがお金持ちの過ごし方だったようです。「金持ち喧嘩せず」というのはこんなところからきているのかもしれませんね。

今でも一般的にお金持ちのマダムなんかは、おっとりしていて無口な人のほうが品があるように見えますよね。ベラベラとしゃべるような人は品があるように見えないのが不思議なところです。

関東の人が無口で静かなのは、こういった理由からきいているようですね。ただ、現代の関東に代々続いている関東人というのは少ないので、みんなが武家の性質を受け継いでいるわけではないでしょう。いろいろな地域の人が集まる関東では、多少なりとも相手を警戒して無口になっているところもあるのかもしれませんよね。

どちらもルーツをたどれば納得できますよね。もちろんみんながそうとは限りませんが、こういう性格の人が多いと理解できれば、付き合い方もおのずと見えてきますよね。

関西と関東では食に対する考え方が違います

関西の大阪は「日本の台所」と呼ばれるほど、味にうるさい街として知られています。お金に細かいケチな性格も相まって、常に「安くて美味しいもの」を求めます。関西人に言わせれば、「高くて美味しいのは当たり前」で、お金を払えば美味しいものは食べられるという考えを持っています。

逆に関東の人はどうでしょうか。関東といっても本当の関東人って一握りですよね。たいていはどこか関東以外から上京してきている人がほとんどでしょうから、ひとくくりにどういう味が好きだとか、統計を取るのは難しいかもしれませんよね。

関西と関東の食に対する違いで面白いのは、「お肉」です。関西では「お肉=牛」という考え方があり、関東では「お肉=豚」です。日本の定番食といえば「肉じゃが」でしょう。関西では「お肉=牛」なので、肉じゃがにつかうお肉はもちろん牛肉ということになります。関東では「お肉=豚」なので、豚肉を使います。これと同じようなものが「肉まん」ですね。関東ではもちろん肉まんには豚肉です。しかし、関西では「豚肉を使ったまんじゅう」なので「豚まん」になります。

冬になると誰もが食べたくなるおでん。おでんの具も関西と関東では違います。定番どころの具はほぼ同じですが、関西では「牛すじ」なるものが入ります。牛のスジを串に刺したものがおでんのど真ん中に鎮座しているんですね。関東のおでんの中に牛すじは入ってないですね。逆に関東のおでんにしか入っていない具、それは「はんぺん」と「ちくわぶ」です。ちくわぶに関しては、関西では知らない人が多いようで、実際私も関東に来て「ちくわぶって何だ?ちくわの何かか?」と思ったくらいです。はんぺんもびっくりしましたね。コンビニのおでんに白くてでっかいものが浮かんでいたのを見たときは、衝撃を受けました。

そして食パンです。関西では4枚切りが主流なのに対して、関東では6枚切りが主流ですね。4枚切りだとけっこう分厚くて、外はカリっと中はモチっと食べるのが美味しいのですが、関東には4枚切りが売っていなくて寂しい思いをした覚えがあります。言えば4枚に切ってくれるのでしょうが、悲しいかな、だんだん6枚切りに慣れてしまいましたね。

次はおにぎり。関東ではコンビニなどで売っているおにぎりは、当たり前のように三角形ですよね。実は関西ではたわら型が主流で、呼び方もおにぎりではなく「おむすび」です。これも江戸時代の名残ですが、関西では商人が持ち歩くお弁当に入れるため「たわら型」が都合よかったようですね。ふっくらと握れてお弁当箱に入れやすい形が、たわら型だったようです。逆に関東では、武士が竹の皮に包んで持ち歩くために、三角のおにぎりができたと言われています。三角なので強くにぎることができ、崩れにくいのが理由ですね。

お雑煮は全国各地でいろいろなものがありますが、関西と関東でももちろん違います。関西では丸餅をつかいます。焼かないでそのままの丸餅を白味噌ベースの汁に入れて食べます。丸餅は商人が縁起を担ぐためにひとつひとつ手で丸めて作られたと言われています。関東は、四角い餅をつかいます。醤油ベースの汁に四角い餅を焼いて入れるのが主流です。江戸時代、江戸にはたくさんの人が集まっていたので、ひとつひとつ手で丸めるのは効率が悪いということで、四角い形になったと言われています。大きく伸ばして、一気に切れば手間が省けたということですね。

関西と関東で、こんなにも食に対して違うのは不思議ですよね。昔の名残というのがほとんどですが、理由をひも解くと面白いものです。

関西人が薄味なのには理由があるって知ってましたか

関西人が薄味なのは有名ですよね。おかずでもなんでも比較的味は薄めです。逆に関東は味が濃いというより、何もかも茶色くてびっくりした記憶があります。

関西の中でも大阪は「日本の台所」と、言われるほど食にはうるさいところとして有名ですよね。大阪でこれといった名産はないのですが、「腕のいい板前が集まるところ」としても知られています。「大阪には美味しいモノが集まってくる」「調理する板前の腕がいいから美味しい」と言われるぐらいです。食の文化がある関西で、なぜ薄味が主流となったのでしょうか。

商人の街であるところが関係しています。江戸時代、関西の商人の家には丁稚奉公が住み込みで働いていていたのが当たり前の風景でした。一般の家は貧しいので、丁稚奉公として働きにだせば、食いぶちが減るので家計が楽になりますよね。さらに丁稚奉公として商家に入ることで、商人としての商いを学ぶことができます。この時代、丁稚奉公の数はかなりのものだったようです。そして、各商家に入る丁稚奉公は1人や2人ではありません。大きい商家だと、10人近くの丁稚奉公を抱えていたところも珍しくなかったようです。丁稚奉公といっても通いではなく、商家に住み込みで働いていたので、もちろん3食付きということになります。ただし、商人としてのノウハウを教えてもらうということで、お給金はなかったようです。寝床と食事のみで働かされていたんですね。

特に商人はお金にシビアです。ケチ度も半端なかったことでしょう。「商人の家では、おかずの味付けを濃くすると、丁稚奉公が次々にご飯をおかわりするので、味付けを薄くしてご飯の消費を少なくした」という説があります。これが関西の薄味のルーツです。ケチな大阪の商人が考え出した知恵が、今もなお関西圏に残っているということですね。確かに味が濃いと白いご飯が進みますよね。それを阻止するために味付けを薄くしたということです。

これに比べ、関東では味が濃いですよね。これも歴史と関係があります。関東近郊では、農村地帯が多く、ほとんどの人が農業の肉体労働を強いられていました。また、武士も下級な人が多く、建設など携わる仕事をしている人が多かったようです。どちらも肉体労働なので体力を消耗するし、汗をかくので多くの塩分を必要としたわけです。これが味付けの濃いルーツとなっているようですね。

関西のうどんやそばのダシは透明、関東は真っ黒といのはもう有名ですよね。ダシだけではなく、煮物も何もかもとにかく茶色いイメージがありますね。関西では、昆布ダシやシイタケのダシをメインに使い、薄口醤油で味付けする、関東では、鰹ダシがメインで濃口醤油をつかって味付けすることが主流だったから、というのが理由のようです。

余談ではありますが、この味付け、あくまでも見た目だって知っていましたか?関西は食材の色を上手に活かして味付けをしているというだけで、実際の塩分濃度はむしろ関西のほうが高かったりするんですよね。薄口醤油というのは「塩分が低い」のではなく、「色が薄い」だけです。実は濃口醤油のほうが塩分は低いんですよね。みんな見た目で「味が濃い」だの「味が薄い」だの言っているってことになりますね。

関西人は「味が薄い」のではなく、「見た目を大事にする」といったところでしょうか。繊細で芸術的な料理が多いのは確かですが、塩分濃度に気を付けないといけないですね。関東の人は、見た目ではなく実際の塩分濃度を気にして、体に気を使っているというところでしょうか。どちらがいいと言うわけではなく、昔の名残がそのまま継がれているといったところでしょうか。

自虐ネタを笑い話にする関西人、隠そうとする関東人

自分の失敗談や恥ずかしいことを周りの人たちに話しますか?関西人は必ずと言っていいほど、話します。ただ話すだけではありません。笑いのネタにする人種ですね。言わなければわからないのに、自分からわざわざ話すのはどうしてなのでしょうか。

理由は関西人の気質にあります。サービス精神旺盛で、お笑いの街で育った関西人にとって、自虐ネタはもっとも笑いがとれる美味しいネタです。成功した話や美談は、いくら面白おかしく話したところで、単なる自慢話にしかなりませんが、自虐ネタはとにかく笑いがとれます。さらに関西人は自分が悩んでいることをウジウジ一人で考え込んだりしません。とにかく話してしまって笑いに変えることで、悩みこそ吹き飛んでしまうのでしょうね。

家庭が裕福でない人は貧乏ネタで攻めます。本当に貧乏なんだけれど、そんなことで悩んでいてもしょうがないし、ネタにしてしまえって感じですかね。貧乏だから恥ずかしいというより、貧乏をネタにして笑いが取れたらそれでOKという考えでしょう。失敗談もやたら話します。自分のことだけではなく、家族のこともとにかく話します。聞かれなくても家族ネタは当たり前のように話すので、小さいころは会ったこともない友達の家族構成や性格まで知っていたものです。

特に母親は誰もがネタにする恰好のターゲットです。実際、私の経験からしても「面白くてどんくさいオカン」は、たくさんいましたが、「優雅で品のあるお母さん」なんて会ったことも見たこともありませんね。大阪のおばちゃんはとにかくパワフルで、自虐ネタを言わせたら右にでるものはいません。旦那さんのことも子供のこともとにかく落とします。本心は自慢なのかもしれませんが、褒めません。

例えば、関西で転んだりぶつかったりした時の反応ですが、みんな笑います。転んだりぶつかったりした本人も、周りが笑ってくれると安心します。もちろん笑うだけではなく「お姉ちゃんどんくさいな~」「そんなとこでこけるなんてアホちゃうん」と、失礼(?)な言葉を浴びせます。ここまでやってくれると、失敗した本人も嬉しいんですね。関西人にとって、完全に無視されて素通りされることほど苦痛なことはありません。

関東ではどうでしょうか。見て見ぬふりがいちばんの親切心ですよね。知らない人が転んでいきなり大爆笑なんて失礼極まりないことですよね。声をかけるにしても「大丈夫ですか?」が当たり前ではないでしょうか。もしくは「こんなところに段差があって危ないわね」と、転んだ人をフォローするのが一般的でしょうね。間違っても「こんなところで転ぶなんてありえない」と、本人を否定するようなことは言いません。「転んだ人がどんくさい」のではなく、あくまでも「段差があるのが悪い」という言い方をします。

関東では、自分の失敗談や挫折などわざわざ他人に話したりはしません。良いところだけを話します。話すといっても自分からベラベラと身内の話しはしないですね。聞かれたら答える、というイメージがあります。他人に対しても良いことだけ、自分や身内の話しも良いことだけ。もちろんネタになんかしません。深く付き合っていくうちにとんでもない悩みを抱えていたなんてことに気づくことがよくあります。

赤の他人にまで自虐ネタを披露する関西人、とことん親身にならないと心の内を明かさない関東人。本音で生きる関西人と建前で生きる関東人の違いですね。どちらも本質を知っていれば意外とラクに付き合えます。

東と西で自慢のものを聞いたときの考え方の違い

人はそれぞれ自慢のものがあると思いますが、関東と関西ではこんなにも見事に違うのかと思うくらいビックリしますよ。関西人と関東人に「あなたの自慢のものを教えてください」という質問を投げかけたときの違いです。

まず関東で、待ちゆく人に「あなたの自慢のものを教えてください」と、聞いたところ、ほとんどの人が高価な時計やバッグ、アクセサリーなどを自慢してきました。中には300万円もする時計を自慢した人もいました。理由は「高いけど一生ものだから」「やはり高価なものは質がいいから」など、高級自慢のオンパレードといった感じでしたね。

関西でも同じ質問をしてみたところ、関東とは真逆の自慢ものが飛び出したのにはビックリでしたね。関西でも同じように、時計やバッグ、アクセサリーを自慢してきた人がいましたが、理由が面白い。「高そうに見えるけど、実は1980円やってん。見えへんやろ?」「ホンマもんのブランド品なんやけど、質流れやから定価の半額で買ってん。お得やろ。」と、良い物を安く買ったことの自慢ですね。質流れだろうが新品だろうが、ブランド物には変わりないので、安く買ったなんてわざわざ言わなきゃいいのに、って思いませんか。わざわざ自慢してしまう関西人、不思議ですよね。

関西は、元々商人の町なので、お金にはシビアな傾向があります。「ケチ」というイメージを持っている人も多いかもしれませんが、私からすると「ケチ」なのではなく、「節約上手」なんじゃないかと思っています。あくまで個人の意見ですよ、念のため。

よく関西人はどこででも値切るっていいますよね。あれは本当です。関西人はとにかく値切ります。あまり深い意味はなく、お店の人とのコミュニケーションみたいなもので、あいさつ代わりのようなものです。「値引きしてくれないと絶対買わない」なんて思っているわけではなく、「言うのはタダなので、とりあえず言ってみて安くなったら儲けもの」くらいに考えているんですね。まけてくれたら本気で喜びます。お金がないわけじゃないのにとにかく喜びます。まさしく商人気質といったところでしょう。

自慢のものに対してもこの商人気質がでているわけですね。「良いものを安く買えた」ということが何よりの喜びなので、自慢してしまいます。定価で買ったものはむしろ恥ずかしいとさえ思っています。ここが関東の人とは考え方が違うところなんでしょうね。関東の人は「値切って買うなんて恥ずかしい」「バーゲンで買ったなんて言いたくない」のが本音でしょう。「定価で買うことが美徳」なのかもしれませんね。

お店の人からしてみれば、つけている値段そのままで買ってくれる関東人は上客でしょう。確かに観ていてもスマートで品がありますよね。逆に関西人は面倒かもしれません。いちいち値切ってくるし、ごちゃごちゃ文句をつけてくるので売るほうとしても、たまったもんじゃないでしょう。でも、関西人は本当にまけてほしいわけではありません(まけてくれればそれに越したことはありませんが)。コミュニケーションの一環だと思ってくれれば面倒に感じないかもしれませんよ。関西の人が「まけてーや」なんて言ってこようものなら「アホいうな~、まけてしもたら首つらなアカンようなるわ」とでも返せればOKなんですけどね。きっとそれ以上は言ってきませんし、冗談で返してくれたことで相手も納得します。

関西人には「安くていいものを褒める」、関東人には「本当に高価なものを褒める」ようにすれば人間関係がうまくいくこと間違いありませんよ。

関西人は褒められるのが下手、関東人は褒められ上手

人間誰しも褒められると嬉しいですよね。褒められて怒る人なんているはずないですよね。しかし、なぜだか関西人だけは褒められるのが苦手です。面と向かって褒められようものなら、全力で否定します。そして、自分を落とします。褒められるような人間ではない、と。素直に「ありがとう」と言えばそれで済むだけのことなのに、なぜか言えません。逆にけなされるのは大好きです。もちろん限度があり、そこは難しいところではありますが。この背景には関西人の冗談好きがあると思われます。何事にも笑いをとるのが重要で、話の最後にはオチが必要です。そんな会話を常日頃からしている関西人にとって、冗談抜きで褒められると、どうしていいかわからないのです。いつも自分を落として笑いをとっているのに、いきなり「可愛いね」などと言われると、「これは冗談なんやろか?」「オチはどないしたらええんやろ?」と、戸惑ってしまうわけですね。

これは、笑いの文化が原因になっているといえるでしょう。関西では自分や身内の恥ずかしい出来事をすべてネタにして笑い話にしてしまいます。特にどんくさいネタや失敗ネタは、いい笑い話の材料になります。ただし、自分が身内の恥をネタにするのはいいのですが、他人から言われるとちょっと不機嫌になってしまうところは厄介ですけどね。

関東では自分や身内の恥はまず他人に話したりしませんよね。むしろ隠そうとする人のほうが多いでしょう。そして関東の人たちはお互いに相手のいいところを素直に口にします。関東の人は褒められ上手なんでしょうね。褒められると素直に受け止め、きちんとお礼を言います。「お世辞かな?」と思いつつも嬉しいようですね。相手の欠点を指摘して笑いをとるのではなく、いいところをきちんと口にだすのは、見ていて気持ちがいいものですよね。もちろん中には心とは裏腹なことを言っている人も大勢いるでしょうが、それを見抜けないくらい笑顔で褒めてくれますよね。

ただし、関西人の私からしてみれば、関東の人は気持ちのいいくらい相手を褒めあうので、慣れてくるといささか麻痺してしまうのが困りものです。どこまでが本音なんだろう、とつい考えてしまうのは、関西人だからなのかもしれませんね。とは言っても、褒めてくれる人に対して関西特有の本音でぶつかることは、まずしません。褒めてもらうと嬉しいので、こちらも褒めちぎります。お世辞なのか本気なのかどうかはわかりませんが、お互い褒めあっているような人同士は関係が続くような気がします。

関東での人間関係に慣れていないとき、関東の人に思っていることをぶちまけたことがあります。みんな苦笑いしていましたが、今思えばきっと不愉快な思いをしていたんでしょうね。あるとき「もう少しオブラートに包んで話したほうがいいよ」と、注意されてはじめて気づきましたね。「関東では相手をけなしてはいけないんだ」と。「とにかくいいところを見つけて褒めないといけないんだ」と。

慣れてきたとは言え、やはり関西人なので、まだ褒められるのは苦手です。面と向かって褒められると、気恥ずかしいんでしょうね。どうしても素直になれません。悲しいかな、ものすごい勢いで全否定してしまいます。こればっかりはいつまでたっても慣れません。内心は嬉しいんですよ。嬉しいんだけど、関東の人のようにさらっと笑顔で「ありがとう」が言えません。

関東の人が褒められたときに、ニコッと笑って「ありがとう」というのはスマートで素敵です。見ていて本当に素敵です。関西人にはなかなか真似できないことですが、見習わないといけないな、と思う今日この頃です。

関西人はなぜうるさい、関東人はなぜ物静なのか

「関西人=うるさい」と思っている人はたくさんいるでしょう。なぜ関西人はうるさい(うるさいと思われる)のでしょうか。関西人は、幼少期からお笑いの世界にどっぷりつかっていて、家庭の中でもボケとツッコミがあり、誰かがボケたら誰かがつっこむというのが当たり前の中で育ってきています。ボケるときもつっこむときも気づいてもらえないと意味がないので、自然と声も大きくなるんですね。そしてもうひとつ。関西人は周りがみんな大きな声で話しているので、自分も負けずに大声をはりあげないと存在感を示せないというのも原因でしょう。小さいころからそうやって育っているので、大人になったからといってなかなか直るものではありません。

大きな声で話していなくても、関西弁のイントネーションは耳につきますよね。嫌いな人にはたまらなくうっとおしいでしょうが、好きな人にとっては、面白いし、つい聞き入ってしまう言葉です。ちなみに関西人が面白いことを言って周りを笑わせる才能は、持って生まれたものではなく、育った環境で培われています。小さいころから吉本新喜劇を見て育っているので、吉本の芸風が身についているといってもいいでしょうね。常にしゃべっているというのも大きな声に聴こえる要因かもしれません。関西人はとにかく話し続けます。泳ぎ続けていないと死んでしまうマグロのように、話していないと死んでしまうのが関西人です。そこに話し相手がいようといなくとも話します。話し相手がいなければ、テレビや物に話しかけます。見ているほうは面白くていいのですが、物を相手にきちんと会話が成り立っているというのは、冷静に考えるとちょっとコワイかもしれませんね。

関東人は寡黙なほうが美徳とされる風習があります。品のある人は物静かで自分を主張せずおっとりしたイメージがありますよね。「金持ち喧嘩せず」という言葉があるくらい、大声で怒鳴り散らしたり、相手に向かってズケズケ言うなんてことはあまりない人種です。電車やバスの中では友達同士でも大きな声で話したりしませんよね。関西に比べて車内はとても静かです。車内のアナウンスが聞き取りやすいのは、まちがいなく関東です。

お店に対して何か気に入りないことがあったとしても、クレームをつけることはまずありません(もちろん例外もありますが)。わざわざ文句を言うぐらいならもうここには二度とこない、という判断を取ります。これがいわゆる「サイレントクレーマー」です。企業がいちばん嫌がるタイプのお客さんですね。企業にとっては、何も言わずに来なくなるお客さんより、文句を言われたほうがまだマシなわけですよ。いきなり黙って来なくなると、理由がわからないので、対処のしようがありませんよね。実はこのサイレントクレーマーが一番多いのは、関東です。

本音で会話するのが関西人なら、建前で会話するのが関東人ということになるでしょう。どちらがいいかは人それぞれですが、勘違いしないでもらいたいのですが、本音でズケズケ話する関西人に悪気はありません。相手からけなされることを喜ぶ人種なのが関西人だと思ってください。せっかくボケたのにつっこまれないと何より悲しみます。ツッコミが「何しとんねん、ボケ!」と、けなすような言葉でも嬉しいんですね。関東の人に対して「ボケ!」はヤバいですよね。真に受けて怒りだすか、落ち込むか・・・笑ってくれる人はまずいないでしょう。

このように関西人は本音で思ったことを話します。良く言うと裏表がありまません。悪く言うと無神経といったところでしょうか。悪気がないぶん、どうもパワフルになりがちなことが声を大きくしているのでしょう。

世界の国に例えると関西人と関東人はどこの人種に似ているの

世界各国にはいろいろな国があり、それぞれに国民性があります。関西と関東も「国が違うのでは?」「本当に同じ日本人?」というくらい人種が違うといっていいかもしれません。関西人と関東人をわかりやすく、世界の国に例えるとどうなるでしょう。

まず、関西人です。全員がそうとは言いませんが、関西人の特徴をあげてみましょう。関西人はとにかく目立ちたがり屋が多い人種です。相手が傷つくようなことでもズケズケ言うし、思ったら口にださずにはいられませんが、悪気はありません。ずうずうしいと言われるのはこういったところからきているのでしょう。しかし人情には厚いですよ。他県からの人でも快く受け入れるし、困っている人がいたら助けずにはいられません。知らない人でも誰かれ構わず話しかけます。物怖じしない人種としてはピカイチでしょうね。そして、よく「列に並ばない」として大阪はやり玉にあげられますが、実は「並ばない」のではなく、「並ぶことが嫌い」な人種です。人と違うことを好むので、「今話題だから」「みんなが行っているから」の理由で行く人は少ないでしょう。わざわざ何時間も待ってお店に入るなんて、関西人にしてみれば言語道断なんですね。

これらを国で例えると、ずばりイタリア人でしょう。自己主張が激しくて、目立つことが大好き、思ったことはなんでも口にする、だけど、陽気で気さく、冗談が大好きで、相手を楽しませるのは天下一品、気に入った女性には猛烈にアピールするところなど、まさしくイタリア人そのものですよね。そしてもうひとつ、中国人です。声が大きく、ずうずうしいところは中国人そのものですね(中国のみなさまごめんなさい)。商売上手でざっくばらんなところも中国人の気質とそっくりです。

すべてに共通していえるのが、食とファッションに対して貪欲というところでしょう。イタリア人も中国人、そして関西人も食べることに関してものすごいこだわりがあります。味にうるさく、美味しくないと食べません。そして、自分を着飾ることに対しても妥協がありません。派手好きでよく言えばオシャレなところは共通しているといえます。

関東人はどうでしょうか。世界でクールジャパンと賞賛されている日本人、それは関東人のことではないでしょうか。「マナーがいい」「親切」「公共機関の場で静か」など、すべて関東人にあてはまることですね。関東人は典型的な日本人といったところでしょう。世界に発信されている日本人は、関東人がロールモデルになっているといっても過言ではありませんね。

そしてもうひとつ、関東人とかぶる人種は、フランス人です。ちょっとプライドが高いところや、冷静さを保ち続けるところ、保守的なところなど。そして、シャイで人見知りだけど、打ち解けるとおしゃべりになる性格も似ていますね。身に着けるものは、どちらもシンプルなものを好み、カラフルな派手なものは好みません。フランス人は、基本的に黒・白・グレーなどシンプルなものを好みます。基本シンプルな装いに、小物など一点にカラフルな色を取り入れるのが得意な人種です。関東の人もこれに似たところはありますよね。関西特有の派手な原色ものはあまり好まない傾向にありますよね。

関西人はイタリア人・中国人、関東人は典型的な日本人・フランス人、です。そういわれてみれば、良くも悪くも似ているかも!と、思いませんか。ただし、例外はあります。関西人でもシンプルな服装を好む人もいれば、無口な人もいます。関東人だって、原色でカラフルな服装が好きな人もいるので、必ずしも全員がそうではありませんからね。

関西人はどこにいっても関西弁でしゃべるのはなぜなの

関東に関西人がいると目立ちますよね。声が大きくてうるさいというイメージがあるのではないでしょうか。確かに耳につきますよね。聞きなれていない人にとっては、耳障りといってもいいかもしれません。嫌いな人にとっては苦痛以外のなにものでもありませんよね。

なぜ関西弁ばかりが目立つのでしょう。関東にでてきている地方出身者の人は方言を隠す傾向にあります。特に東北地方の人は完璧に方言を隠します。東北特有の「んだ~」なんてまず聞いたことないですよね。出身地を聞いて東北だと知って驚くことがほとんどではないでしょうか。逆に関西人はまったく隠しません。関西弁でしゃべりまくります。これが目立ってしまう原因です。標準語の中にひとりだけ関西弁でまくしたてる人がいれば目立つのもしょうがないですよね。

なぜ関西人は方言を隠さないのでしょうか。理由はさまざまあるでしょうが、「関西出身だと知られても恥ずかしいと思っていないから」というのが大きな理由でしょう。むしろ「自分は関西出身だ」と知ってほしいとすら思っています。わざわざ言って回らなくても、関西弁をつかっていれば、関西人だとわかってもらえるなんてラッキーだと考えているのかもしれません。関西弁でしゃべっていると、周りの人たちから奇異な目で見られることはよくあります。関西人は目立ってなんぼなんで、奇異な目すら喜びに感じている人も多いでしょう。

なぜ関西以外の人は方言を隠すのか。失礼な言い方をすれば、地方出身にコンプレックスを持っているというのが本音ではないでしょうか。そして面白いことに、関西弁を嫌っている人というのは、ほとんどが完全な関東の人ではありません。関西弁が嫌いな関東の人というのは、地方出身者の、いわゆるエセ関東人です。きっと心の奥底で「自分たちは完璧な標準語をしゃべって方言を封印しているのに、なぜお前たちは隠さないんだ?」と。「なぜ堂々と方言でしゃべっているんだ?」とでも言いたいのかもしれませんよね。関西弁でしゃべっている人に嫌悪感を持っている人はたいてい地方出身の関東人です。生まれてからずっと関東で暮らしている人は「関西の人って面白いね。タダで吉本聞いているみたい」と、笑ってくれる人がほとんどです。この違いはコンプレックスあるかないか、なのかなと思ったりもしますが、実際はどうなんでしょうか。

そして面白いことに、関東以外ではそんなに関西弁は嫌われません。例えば名古屋。名古屋の人は関西弁を容認してくれている傾向があります。関西人からしたら名古屋弁は面白いんですよ。関西が負けるんじゃないかってくらい笑えます。もちろん関西人はバカにしたりせず、名古屋の面白いところをどんどん取り入れようとします。実際、名古屋弁を真似する関西人も多いくらいですね。名古屋の人も関西弁に嫌悪感を持っている人は少ないように思います。距離的にそんなに離れておらず、馴染みやすいのが理由なのかもしれませんね。

関西人の中には「隠すも何も標準語がしゃべれない」という人もいますが、たいていの人は「標準語はしゃべれるけど使うつもりがない人」でしょう。物心ついた頃から親しんできた関西弁なので、わざわざ標準語にする必要はないと思っているのかもしれませんね。

こんな言い方をするのもなんですが、関西出身者から言わせてもらうと、「標準語がしゃべれない」はずはないと思います。テレビでのニュースやドラマなどほとんど標準語なので、どこの地方でも標準語に馴染みはあるはずです。実際標準語って簡単ですよ。関東に来て関西弁でしゃべっている人は、地元に愛着がありプライドも高い人なのでしょうね。